諦められない理由

                            代表兼監督 上之原 賢二

 

私は8年前にリサイクルショップ「わくわくリサイクル アールイー」を設立しました。

会社を始めて5年目には「職人ドリームプラン・プレゼンテーション(以下ドリプラ)」に出場し、1000人規模の会場でプレゼンターとして舞台で夢も語りました。

会社の従業員さんにはいつも「会社という枠を外して夢を見つけてな。そしてその夢が会社と全然関係なかったらいつでも会社を辞めて夢に向かってほしい」と言い続けてきました。

さらには、12歳の娘にも将来は夢に向かってほしいと思っています。

 

しかし、娘も従業員さんも夢を見つけられないというよりは夢を探そうとしていないと感じました。

私は夢が叶う叶わないは一旦置いといて、世の中の全ての人が漠然でもいいから夢を語れる社会を創りたい、そしてその社会ができたときには娘も従業員さんも夢を見つけている。その想いでプレゼンター後もドリプラのスタッフとして活動しています。

 

しかし、あるワークで気付きました。

今の社会だから娘も従業員さんも夢を見つけないのではなく、娘と従業員さんが見ているものが「私」だからだと。

「夢」「夢」と言っている私自身が夢に対して本気じゃなかった。辛そうに仕事をしていた。

私が一番「会社という枠の中」で夢を作っていた。

こんな私が言う「夢」なんて誰にも伝わらない。

私が心の底から好きなものを世界で一番楽しそうにすることが娘と従業員さんの夢に繋がることなんだ。

 

私はサッカーが大好きです。子供たちも大好きです。そして私自身が子供たちに監督としてサッカーを教えているシーンをイメージすると「わくわく」しかしません。

この答えに辿り着き、サッカークラブを立ち上げる決意をしました。

それと同時にもうひとつの決意がありました。

現在経営している会社を譲るということを。

 

この判断が正しいのか正しくないのかは私にはわかりません。

しかし、会社の副店長でもあり中学時代からの親友に相談するとその親友は初めて私の夢に共感してくれました。

私はこの親友に会社を譲ると決めました。

会社を手放す理由としては、「残りの人生、命を懸けてサッカーに全力を注ぎたい」という想いからと「会社とサッカークラブの両立はどっちも中途半端になる」というネガティブな想いからでした。

ただ、「誰になんと言われようともこの夢をやりたい」と、2~3年、いやずっとまわりから責められてもこの夢をやり続けるという覚悟ができていました。

 

会社の会議で従業員さんに私の想いを伝えました。

まわりにも親友にも「会長になったら?」と言われたり、「社長が辞めるなら僕も辞めます」や「社長が辞めたら不安」「楽しく仕事ができる自信がない」等と言ってくれる従業員さんたちの声もありましたが、「心の底から大好きなことを全力でやりたい」「無責任だと言われようとこの夢をやりたい」「この行動が娘と従業員さんの夢に繋がる行動なんだ」という想いで会社を譲り新たな一歩を踏み出しました。

無責任だったのかな・・・?という想いとはこれからも戦っていきます。

もちろん、会社を手放したからもう無関係ということはなく、譲った親友をこれからも全力でサポートし、彼を成功させることが私の最後の仕事だと思っています。

 

そして夢に向かった私が諦めていたら、娘にも従業員さんにも「夢なんて持たない方がいい」と思わせてしまうかもしれないので、私はこの夢を諦めるわけにはいきません。

 

私は世界中の誰よりも志事を楽しくやり続け、娘と従業員さんに「夢」を伝えていきます!

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